香港“中日”历史科试题取消,考评局前经理说,遮考生答案心如刀割 。1937年8月9日,某些人将一名中国死囚犯枪决後,再穿上中国军服,再声称是日本两名军人打死,这“大山事件”可能是引发中日战争的最关键事件,当时中共也讥讽当权者造假

今天去看香港电台的新闻,考评局前经理杨颖宇批评取消历史科试题是赤裸裸剥削考生利益,质疑当局因政治需要曲解题目。他表示,遮考生答案心如刀割。他寄语教师谨守专业,教授“真实的历史”,而非政治正确的事,否则枉费学生时间。
什麽是“真实的历史”?“大山事件”当然可能是引发中日战争的最关键事件之一。
1937年8月9日,日本海军特别陆戦队午後九时四十五分発表を报道した“上海朝日特电8月9日発”では次の様に书かれている:
“陆戦队第一中队长海军中尉大山勇夫は一等水兵斉藤要蔵の运転せる自动车により本日午後五时顷上海共同租界越界路のモニュメント路(碑坊路)通行中、道路上にて多数の保安队に包囲せられ次いで机铳小铳等の射撃を受け无念にも数十発の弾丸を受けて即死した。现场を検视するに头部腹部には蜂の巣の如くに弾痕があり、自动车は前硝子が破壊せられ车体は数十発の机铳弾痕あり无法鬼畜の如き保安队の行为を物语っている。”。。。。。。
然後第二天,“中国保安队员の司法解剖は上海法医研究所所长・孙揆方により8月10日に行われた。翌日朝、研究所を访れ中国保安队员の死体を见た陆戦队将校らは、縄で缚られたような迹がある事、顔が泥まみれで爪が伸びており不清洁で宪兵らしくない事から、史景哲なる死刑囚の死体に军服を着せたのではないか、との疑いを持った。中国侧はこれを否定したが、冈本季正领事は态度を硬化させ、共同调査後の8月11日午後4时に行われた。同日、阁议にて米内海相は陆戦队の派兵を主张、杉山陆相にも陆军の派兵を要请した。...,结果、陆军は2个师団を超过しない最小限度の兵力を派遣することとなった。
中日战争就这样开始了,因为“中国将一名死囚犯枪决後再穿上中国军服再声称是日本两名军人打死”,激起日本国内的极度愤怒。
2020年5月香港的这事件,有记者要求香港教育局长杨润雄说明毛泽东感谢日本侵华的言论是否同样须要被谴责。
其实在“大山事件”中,1937年当时中共的一些领导人,就曾讥讽当时的政权连造假都低等,当时中共的批评同绝大多数日本人的批评没有本质区别。

2020年12月24日 PM 13:30